ハマダアヤノという人間の人生

初めての方へ

ハマダアヤノの半生

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

はじめまして。ハマダアヤノです。

正確には、ハマダアヤノなんですけど、ハマダアヤノは架空の人物となっています。

なんてよくわからないところから始めるのですが、旧姓があって結婚してみて離婚してみて名前を戻し忘れてたので、この名前は誕生してまだ7年くらいです。

さて、基本的にこだわり強く細かいのに、寝ると何もかもを忘れてしまう癖がある私なので、この36年間の記憶を少しずつどこかに残しておかないとと、このプロフィールにかこうと思います。

すでに働いてた頃の職歴や期間などは、転職が多すぎたのとほとんど忘れてあやふやのため職務経歴書がかけない⇒就職できないと判明。

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

まあ、パラレルワーカーだからいっか。

そんな私の半生はこちら。

ハマダアヤノ プロフィールとこれまでの人生

生まれたころと家族の話

生まれたころから、父は祖父から継いだ詩吟協会の会長を務めていた。いわゆる、歌の先生をしていた。また書を書いたり、絵を描いたりと父方は芸能の才能を持っていたのだと思う。

母はバリバリのキャリアウーマン。負けん気の強い人でプライドが高く、仕事をすれば常にトップクラスの成績を作り、両親ともに忙しく、家には帰ってこない日々が続く。

私の姉は、私が生まれたころから絵を描いていて、そして今もその頃と同じ絵を描きながら絵描きをしている。

私の家庭は家族というよりは、父=歌の人、母=仕事の人、姉=絵描きとすでに生まれたころから家庭内に役職があるそんな環境で育った。

「じゃあ私は何だろう?」と、思い始めたのは小学校入学あたりから。

10代 漫画家/小説家を目指す

父、母、姉が自分の個性で生きている家庭の中で育つと、「自分も何か」みたいな気持ちがいつもあった。そんな気持ちを持ちながら、小学生~中学校時代は、90年代バブル全盛期。

インターネットもない時代、お金はある時代だったので、とにかく漫画をアホみたいに買った。その結果、当時1000冊以上の漫画を所有し、自分も漫画家になりたいと小学校6年生から漫画活動を開始。ひたすらプロット(あらすじ)つくり、絵を描き続ける。

その後、漫画ではなく漫画のあらすじをとある大手出版社に応募したところ、賞がもらえたので小説家や絵本作家の方が向いてるのではと小説家を目指すことに。

19歳 音楽活動をはじめる

ちまちまと小説を書きながら、短大へ入学。その頃、歌を歌ってたらなぜか評価される。

「自分は何者か」という考えがいまだに離れることができず、自己表現方法を再度模索。

父は唄と絵の才能がある⇒姉は絵描きになった。じゃあ自分は音楽だとバンドボーカルをはじめる。

19-26歳までいろんなライブハウスに出演したりレコーディングしたり、当時有名なバンドとも胎盤したりした。(うちは特に有名でない)

20代前半 経営学を学ぶ

音楽活動を続けながら、たまたま当時はやっていた高級デザイナーズ居酒屋のアルバイトをはじめる。

この会社の経営者に、うまれてはじめて「人から自分が何者か」ということを教えてもらい、この人はすごいとどっぷりハマる。その人の元で、飲食店の経営やビジネス、デザインをはじめる。

短大卒業し、そのままその会社に就職。飲食店現場の研修からデザイナーとしてホームページやメニュー作り、経理までたくさんのことをほぼ教えてもらえず「自分で考えてやれ」状態。

経営をする、ビジネスに携わるということの経験やお金を稼ぐということの意味。何のために、誰のために、その結果何を得るのか・・・を学べた時期でした。おかげで、仕事に対するリスクよりも、どうしたら結果を出せるかを先に考える癖ができて、ここでは人生の発見や学びだらけで本当に人生観が変わった。

25歳 バイク免許取得

飲食店の仕事を卒業し、今の自分の生活を少し変えたい!と、思い切ってバイク免許取得。バイクに乗る楽しみや、旅に出る楽しみを知り、頑張らないでもいい時間を手に入れる。

26歳 紙粘土作家になる

年齢的にもつらくなり、音楽活動を休業。昔から好きだった食品サンプルの後継者になろうとするも、名古屋にはなかったため、自分で紙粘土でケーキなどを作っていたところ、高評価を受け販売。サラリーマンの副業として、生計を立てれるようになる。

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

好きなことって、好きだから続くのよね。無理しなくてよい

20代後半の会社クビ三連発

その後は大学の事務員やら、古着屋やゴルフ屋のWEBデザイナーやら派遣や正社員で働いていたものの「会社のココ、直した方がいい」など飲食店の頃の熱が抜けず社長に説いてたら「お前、自分で会社やった方が合うぞ」と会社をクビに。
しかしそこで出会った勤めていた会社の社長さん達がいい人で「お前は間違ったことは言ってないから起業家か社長になれ」と言ってクビにしてくれたおかげでいよいよ社会から脱出!

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

社会ってお金くれるから、言いたいこと我慢しなきゃいけないのねと気づいたけど我慢できない人だった。

 

 

ようこそ30代!好きなことをして、好きなものを作る喜びを

30歳でラッキーに結婚。(後に離婚w)

その結婚式の準備をFacebookに載せてたら、髪飾りのオーダーが2件も入ってくる。自分の結婚式の準備+ヘッドドレスのオーダー製作のはじまり。

そのおかげでインターネット販売⇒名古屋大須に実店舗オープンとうまくクリエイターオーナーとして生きていける場の提供ができるように!

37歳を迎える今年 キャンプライター/イラストレーター/youtube始動!

思い返せばここまでの人生「自分は何者か」という哲学的な言葉に縛られて生きてきました。

漫画家/小説家/バンドマン/経営者/サラリーマン/ジム/経理/WEBデザイナー/ライター/イラストレーター/営業事務/大学事務/不動産ジム/ECサイト構築/・・・・

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

生きてけば生きていくほど、職種増えていくんですけど・・・・

てか、ここまで来て毎年仕事増えてって、さらにその習慣に慣れてるもんだから同じことしてられないよね。

今年はキャンプライター/youtube/オウンドメディア始動まできてしまいました。笑

こう見ていると自分は「職種にこだわらず立ち止まらないで今を生き続けながら生きる」人間なんだなとようやく気づくことができました。

なのでパラレルワーカーとして活動をすることに決めました。

このサイトで発信していくこと

1.パラレルワークの仕事

2.旅やキャンプ、バイクなどアウトドアの楽しみ

3.ハマダアヤノ哲学

4.仲間たちとのイベントや活動

5.世の中のイベントなどのレポート

何かを知りたい人たちへ

私の人生はなぜか人が集まってきてくれます。ただ私は不器用なので、人に何を求められてるかわかりません。

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

あまりに聞かれるので、朝活や読書会、女子会やセミナーいろいろやってきたよ

これらの活動をした後に感じるのは、学びは常に教えてもらうのではなく、自分で知ることだと思っています。

ハマダアヤノ
ハマダアヤノ

だって、自分の人生だもの

誰かの評価基準で生きるから苦しい、誰かに依存しなければ生きていけないから苦しい、それなら自分で生きていくしかない。これが私がいま伝えていきたいことです。それをやれば、これからの時代はどんなことがあっても自分の軸で、自分らしく生きていけるのだと思います。

最後に

私は、パラレルワーカーとして生きています。しかし、この先もこれで生きていけるか私にもわかりません。ただ、その日暮らしなこの生き方は私の人生を満足させてくれています。

多くの人がそんな人生を歩める世の中になるように刺激になったりサポートできたらと思って今日も生きています。

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