枠をなくして原っぱで寝転ぶことの意味

スポンサーリンク

枠をなくして原っぱで寝転ぶことの意味

自分の動きを止めるものは何だろう。

私は名古屋大須のお店でフラワーサロンを経営しているのですが、よく若者たちが話をしにきたり、想いを語りにきたり、相談したいとやってくる。

「FBを見てました。相談したくて」
「私も起業したいです」
「なんか話を聞いてほしくて」

そんな時、いつもする「原っぱの話」を今日は書こう。

自分らしく自由に生きれないから悩んでいるその原因

よく自分らしく・自由に生きたいと悩んでいる人に多く出会います。反対を言えば、自分らしく自由に生きられていないということになる。

それはなぜか?

私たちは常に自分で「枠や制限や縛り」を作ってしまうから。

本来人とは自由な生き物であるにもかかわらず、なぜか自分で作ってしまうのは、実は私たちは生まれてから30代くらいまで多くの「枠や制限や縛り」に接して生きてきたから。

それではその本題につながる原っぱの話から。

第一の枠や制限や縛り=家庭環境

私たち「枠や制限や縛り」などない状態でこの世に生まれる。

例えるなら、はらっぱで何も考えずゴロゴロ寝て心地いい自由な状態のような感じ。

1歳~3歳くらいまでは自分が知りたいモノ・コトに忠実で、食べてはいけないものを口にくわえたり触ってはいけない触ってみたいものを触ったりとまるで好奇心の塊だったはず。

しかし第一の枠や制限や縛り=家庭環境がやってきます。

「それは触ってはダメ」
「それは口に入れてはダメ」
「みんなの前で〇〇してはダメ」

すべての家庭がそうではないけれど、まだ理性を持つ前の人間に理性ある人は「常識」という名の枠や制限や縛りを押し付けてきます。

「どうして?私はこうしたかったのに」このころは表現することも理解することもできないので泣くしかありません。

第二の枠や制限や縛り=教育環境(小学校)

日本は6歳から小学校に義務教育制度の元で入学します。
月-金曜あるいは土曜まで朝から夕方までみっちり「時間割」が組まれ、遊べる時間を「用意」される。

ここ第二の枠や制限や縛り=教育環境(小学校)がやってくる。

・時間の制限=時間割という名の元、生きてる時間を管理される
・思考の制限=それぞれ違う人間に同じことを教えて甲乙をつける
・常識の制限=成績が悪い、落ち着きがない、みんなと一緒ができないだからダメとレッテルがつく

このころには物心がついているためきっと多くの人の記憶にある小学校。

私は1980年代後半から小学生だったけれど、先生や学校自体にも恵まれとても良い思い出しかないが、それでも日本の戦後から変わらない義務教育には問題があると今は感じている。

第三の枠や制限や縛り=友達環境(中学校)

中学生ともなれば、知識もついて大人ときちんと会話ができるくらいになる。経験を満たすために空想や興味にはまる人も少なくないだろう。ここで自分の趣味や好きなことが明確になる時期。

中学校では少し大人になり、自分の感情だけで動くのではなく、ある程度気持ちも抑えられるようになり、友達との人間関係がはじまる。

第三の枠や制限や縛り=友人環境(中学校)このころ多くの子供たちは家庭環境⇒小学校教育を経てその受け売りを信じる

・常識の制限=先生が言ったから、うちの親は、〇〇ちゃんもこう言ってたよ
・自由の制限=みんながこうするから、みんな持ってるから、みんなで揃えよう
・個性の制限=制服制度、体操服、指定のカバンなど

中学校を思い出すと多くの人がなんらかの形で「友達とのつながり」を思い出す。

第四の枠や制限や縛り=人間環境(高校)

高校生ともなると、中学生よりさらに大人になり理性がより保たれ常識や経験も増えている。

ただ、だからこそ大変だ。部活での上下関係や先生や親、友達の空気を読んだり、欲求に駆られてお金を使ってしまったり、親に怒られてでも遊びにいってしまったり。

・環境の制限=先生との関係、部活での上下関係、友達との関係
・お金の制限=アルバイトの有無や好奇心に使うためのお金の確保の方法など
・生活の制限=環境や思考の変化による親との相違や学校による管理や制限

高校では「自分の好奇心を満たす行為」をよく思い出す。

あなたの思考は自由になれているか?

ちょっとブレイクタイム。

ここまでの子供のころから小中高の制限だけであなたは「自分らしく自由な思考」を持つことができているかどうか。

私たちは~20代まで「自分のしたいこと・やりたいこと」に忠実であったにも関わらず、制限ある環境に置かれていた。日本で多く言われるのが「未成年だから」

ここまで制限や枠や縛りのある日本で「自分らしく自由に生きる思考」を持つのは非常に困難だったということに気付いてほしい。

第五の枠や制限や縛り・・・にはならない(大学)

ようやく日本の教育制度で自由になれるのは「大学」

だからこそ「大学は楽しかった!」と思う人も多いのではないかと思う。
というのも大学は授業自体も自分で選択ができる。行く行かないも自由。単位落とすのも退学するのも自分次第。自由な時間とお金、仲間が増える。親元離れる。

などなどとにかく今までに比べて「自由度が増す」

開放だ―!とバイトに明け暮れたり、サークル活動したり、海外行ったり自分の想い通りの行動ができる。

ここは今までの枠はなんだったのかと開放できる、そして自分が本当に好きなものを見つけることができる時間なんだろうと思う。

・・・しかし、海外で育った人から言われた話、「日本人てなんで大学行くの?」
海外では大学行くということは遊びではなく勉強・研究するために行くことがメインだそうだ。だから「日本人の大学生はなんで大学で遊んでるの?」と聞かれると回答に困る。

第五の枠や制限や縛り=60歳まで続く就職

第一~第四の縛りを受け、それを大学で4年間を自由に開放した後、待っているのは60歳まで続く日本に就職。

「就職はしなきゃダメ、遊んできたからしっかりしなきゃ、みんな内定もらってるし、一度はした方がいいよね・・・よし!就職だ!」

そして就職。就職して3年目。

「大学の頃は自由だった。あの頃は毎日が楽しかった。自由に生きてる人いるのになんで俺は毎日こんなにつらいんだ。ストレスが続く・・・自由がほしい・・・でもお金も必要」

そして悩む若者急増という仕組みの完成である。

よーく考えてみよう。

はらっぱで何も考えずゴロゴロ寝て心地いい自由な状態のような感じ。

最初に書きましたが、ここが重要。

私たちはこの日本の環境の中で勝手に自分で「枠や制限や縛り」を作ってしまう癖がついてしまう。

世間が、常識が、親が、家庭環境が、教育環境が・・・・「枠や制限や縛り」まず忘れる。

頭を空っぽにして、青空の下まずは原っぱで寝転ぶ

「今日は海が見たいな」
「海外に行きたいな」

まずは自分の欲望を忠実に思うこと。その次に

「今日は海が見たいな」⇒〇「じゃあ海に行こう」×「会社があって行けない」
「海外に行きたいな」⇒〇「いついこうかな」×「お金がなくて行けない」

出来ないことではなく、できるためにはどうするか。

それが自分らしく・自由に生きたい方法への近道。

まずは思考から。その次に行動する。それを続ける。その結果を得る。

今の時代はもっとも自由だ!

youtuberや無職、アフィリエイターなど様々な職種や生き方が多様化している中で、あなたももっと自由でいていい環境ができている。そのために何をすべきか。

成功している人の事例を徹底的にマネする

真似なんて・・・あの人だからできることで・・・そんな時間ないし・・・持論でやりたい

・・・どうぞ。

とりあえず一歩踏み出し走りだせばきっと見える世界が変わること、それをした人だけが自分らしく自由に生きていける方法かなと思う。