働くことの意味と本質について

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働くことの意味と本質

私たちは日本で生活していると教育の義務・勤労の義務・納税の義務なる国民の三大義務というのが憲法に記されている。
なんかそれを聞くだけで「あーあ」「ふう」と思ってしまうのは私だけだろうか。

日本の義務教育とは一体なんなのか

私たちは生まれてから6歳にして小学校に入学する。
この世に誕生してからたった6年後だ。

ひらがなを習い、カタカナを覚え数式を使い、言われたままのことを平等に覚え、競いその答えが正しいものこそが良いと順位づけされる。
今教育制度見直そうと動き出している人はこの同じ内容での順位づけこそが問題だと動いている人が多い。

人にはそれぞれ考え方や個性得意不得意があるにもかかわらず日本の教育の答えは正解1つのみなのだ。

しかし国民に平等にそのやり方や方法を教えてくれる日本教育は全てが悪いものではない。日本人の真面目な基礎的な部分を作り上げてくれているのではないかと思う。

ただ応用が効かないのだ。
1つの物事に対して1つの答えしか求めることを教えてくれず1つの物事に対していくつもの答えがある、ということを出すことが今の日本教育では難しくなっている。

戦後間もない頃は問題がなかった。しかしインターネットが出現したこの数十年で人は自らたくさんの答えを知る権利を得た。

その中で学校教育が全てでは無いということに気づいている若者がほとんどなのだ。
そしてこれからの時代学校教育のみで培われた能力では生きていけないことを多くの人が気づいている。

勤労、働くことについて考える

勤労の義務と言うのは働かなければならないと言うことではなく働いても良いと国から権利を与えてもらっていると言う事。
なのでどんな仕事をしてもどんな仕事選んでも国は働いてよいと選択肢を与えてくれている。
しかし多くの学校教育の過程においてなかなか自由に選択肢を得られない多くの人は大学卒業後、当たり前のように就職と言う答えを持つことが大半だ。
それは6歳から培った毎日学校に通う=毎日会社に勤めるに変わるだけであり、それが多くの人がやっていることだと半分諦めながらその選択肢を選ぶ人も多くいる。

まず就職は間違いではない。
就職をしなければ見えないこともたくさんある。知ることもたくさんある。ただ、問題なのは選んだその場にいるにもかかわらず違う世界を望み、自分自身を悩ませてしまうことだと私は思う。

働くと決めたのであればまず働く。その上でその問題点に気づき今後の自分の人生を選んでいくということが必要になっていくのではないかと思う。

納税の義務

日本の税金とは高くなっていると言われているが先進国の中でも低い方だと思う。今ようやく水準にたどり着き、
この国に住んでいる以上国のために税金を払うのはルールとして仕方がないと考える。

しかし国も国で税金を優遇してくれる制度をたくさん設置してはいるのでうまく取り入れて納税に対しては多くの人が知識を持つべきだと思う。

まとめ

今日は憲法中心に考えてみたが日本の法律はとっても悪いものには思えない。ただ便利すぎて自分たちで考える力や自己主張の力を持てなくなってしまうシステムになっているのは事実だ。
これからの時代自分自身がどれだけ能力を持ちそれを伝えたり発信してことができるのか重要になってくるだろう。