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一度しかない人生自由に表現して生きていたい

いつも思うのは社会で生きてると貼られる『こうあるべき』という形。

私はいつもそこにハマれなかった。ハマろうとしても窮屈で入れなかった。そんな私に社会は『仕事の続かないダメな人間』というレッテルを貼る・・・とネガティブにとっていたあの頃は、自分は自分で負けていたのかもしれない。

社会と決別したのは28歳の頃。とあるカメラマンと出会い、働き方を考えさせられる。『私は会社に合わせて週に5日朝から晩まで働いて、月給手取りで17万。このカメラマンは自分の手で稼ぎ、週末2日で私の一ヶ月の給料を超える』

この気づきは大きかった。そこから自分の手に仕事をつけようと、それまでに生きてきた自分の経験を棚卸した。

自分の人生を見つめ棚卸しするということ

10代は漫画家・小説家を目指していたので絵が描けた。20代はプライベートでバンドマンをしながら、WEBデザイナー、ECサイトデザイナー、空間デザインの仕事をしたので人前で喋ることも歌うことも、ネットで物を売ることもお洒落に見せる方法も学んだ。

結構できること、あるじゃないかと28歳でECサイトを立ち上げた。

当時、結婚式の準備をしながら出会ったアーティフィシャルフラワーを使ってウエディングアイテムで勝負しようとahflowersを立ち上げた。結果、時代の流れともマッチして年商は一人で1000万達成した。

30代には店舗を持ち、フラワーデザイナーをメインに、ウエディングや経営者向けのイベンターを始め人脈を広げる。経営者として、働き続ける中でお金は豊かになるけれど気持ちが落ちていく感覚に襲われる。

新たな価値創造の第二章の始まり

独立して成功することは、事業収益があり良い環境で生活することだとがむしゃらに頑張っていたが、それを疑問に感じるようになっていた。

そんな矢先に『人生を豊かに生きるとは?』ということを考え始め、お金に囚われて生きていることに気づく。

経費だけでも月に50万以上使い、その結果に稼がなければならない構図。これに疑問を感じ生活のコストを極限に下げた。するとどうだろうか、お金があまり時間ができる。

くだらないことだけれど、私は稼ぐ経営者になることを辞退し豊かに生きる人生を選ぶことにした。

2019年そんなタイミングで、興味があって始めたキャンプの話をしたことから『キャンプの仕事しない?』と声がかかった。面白いことに第二のターニングポイントもカメラマンからもらった話だった。

アウトドアもしたことない潔癖性の私に何ができるのかと逆に興味が湧き承諾した。ライターとキャンパーの仕事が始まった。

自由な生き方を考える

キャンプライターとして、キャンプのことを知りキャンプ場へ行きキャンプをする。体力のない私には大変な仕事だった。文章を書くことは、小説家を目指していたので苦ではなかった。

自然の中はとても不思議で、寒さも暑さも自分でしのぐ方法を考えなきゃいけない、食べ物も自分で用意しておかなきゃいけない、雨が降っても風が吹いても耐えなきゃいけない、くだらないけれど便利な世界で生きてきた私には全てが新鮮で学び感じることが多くキャンプにハマった。

その結果、取材や記事数も増えパワーライターになった。しかし忙しくなってしまい、結局豊かに生活しようと思っていたことが仕事になって忙しくなってしまった。

そしてライターを卒業すると決意する。

コロナによって働き方を変える決意をする

2020年2月コロナの影響がウエディングフラワーをメインにしていたahflowersに大打撃がくると見込んで6年経営したお店の縮小を決めた。ライター業もなく、花屋も縮小、収益がなくなったかと思いきや私は『自由と働き方を考え直す時期がきた』と感じていた。

そんな5月。またしてもとあるカメラマンから結構な額のカメラ一式を譲り渡された。

受け継いだ以上生かさなければという思いと、これからの働き方をぼんやり考える中で一生懸命カメラの勉強を始めた。

すると驚くことが起きる。読売新聞さんにキャンパーとして取材が入り、中日新聞さんからはカメラマンとして取材が入った。

様々な経緯はあるが、キャンパーとしてカメラマンとしての仕事が取材されとても驚いた。

その結果、気付いたらカメラマンになっていたので自分でも驚いた。

これから先の生き方

2020年12月に近所のカフェQ.O.L coffeeにて『ハマダアヤノ展』を開催することにした。久々に10年分の人生の棚卸しをしようと思ったからだ。

今の仕事は、メインは契約ライターを中心にフラワーデザイナー、フォトグラファー、キャンパー、イラストレーターと活動しながら各種SNSで発信をしているのでSNS講師の仕事も入ってくる。

これらの中でもハマダアヤノとして表現をしている仕事を展示しようと思ったので、一ヶ月かけて個展をすることに決めた。

自分でもこんな2020年を迎えるとは思っても見なかった。人生はいつも面白いし、カメラマンの影響を受けながら自分もカメラマンになったことは本当に面白いと思う。

自分で生きる選択を

時代は昭和から平成、そして令和に変わり、SNSで個人発信し仕事になる時代だ。

生きるための仕事は自由に作ることができる、こんな自由な時代だからこそ自分で自由を想像しながら生きていきたいと私は思った。

人間てのは、シンプルに生まれてから死ぬまでを歩いているだけなのだから、その道のりをどれだけ自分で選択して満足するように生きていくかを作り上げるだけだと思う。

私はそうやって死ぬまで自分の人生を満足するように創り上げて、生きていきたいと思う。

 

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